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サイバーコネクトツーの松山氏がゲーム業界に進んだきっかけは?というインタビューが公開



サイバーコネクトツーの松山氏がゲーム業界に進んだきっかけは?というインタビューが公開されていて、ちょうどPS1時代の頃に設立したらしく、まだSCEが新規メーカーに優しかった時代の頃ですね。



――そこからゲーム業界に進むことになったきっかけというのは?

松山当時は1994年にプレイステーションやセガサターンが発売された時期で、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)さんが“ゲームやろうぜ!”という施策を行い、ゲーム業界全体の起業、独立を支援していたんです。ですので、プレイステーション用のタイトルであれば、開発費も安くなるという背景がありました。

 そんなとき、大学時代の同級生が「いっしょにゲーム会社を作らないか」と声をかけてきたんですよ。「いまのゲーム業界はこうなっていて……」という話を聞きながら、平林久和さんが出されていた『ゲーム業界就職読本』を読んだりして、自分でもゲーム業界のことを調べていきました。

――そこがスタートだったんですね。


松山ゲーム業界にも大きな変化が起きていて、ちょうど2Dからポリゴンに移る時代だったんですよ。ゲームセンターで『バーチャファイター』を見かけたときには、「画面の中で人が動いてる!」ってびっくりしました(笑)。

 それぐらい、ポリゴンというものの意味すらわかっていなかったんですよ。これからのゲーム作りは、3DCGで作ったキャラクターを空間に配置して、舞台となる背景や敵を用意して、カメラを中に入れて演出をしていくようになる、と考えたときに、「これはもう映画なのではないか!?」と思ったんです。

――2Dから3Dへの変化というのは、大きな時代の分かれ目でしたね。


松山ゲーム作りが総合エンターテインメントになっていくなら、自分がやりたいと思っていたマンガやアニメなども、すべてゲームで実現できると思ったんですよ。それなら一生この世界でやっていこうと思って、声をかけてくれた友人に返事をしました。友人と私の地元が福岡だったこともあり、1996年の2月に福岡で立ち上げたのが、前身のサイバーコネクトという会社になります。

――ゲーム業界に進むきっかけができたタイミングと、ゲーム業界自体の大きな変化のタイミングが重なったんですね。


松山一般企業に3年半勤めた後というタイミングもよかったと思っていて、やはりそれぐらい仕事を続けると、組織の構造や業界の仕組みがだいたいわかってくるわけですよ。個人、チーム、そして会社、それぞれでできることとできないことの境界線が見えるというか。多分、社会人1年生で独立していたら、仲間に何をすればいいか聞いて動くだけになっていたと思います。


――業界は違えど、社会人経験をしっかりと積んでいるというのは大きいですよね。


松山おかげで、ゲーム業界を俯瞰で見たときに、どこにウィークポイントがあって、どんな部分がまだ誰もやっていないことなのかというのが見えるようになってきました。会社を立ち上げてからの4年間は、いちばん身近な先輩である9人のメンバーの家に毎日泊まりに行って、彼らがゲーム会社で働いていたときのできごとを、根掘り葉掘り聞いていました。ゲームがどんなふうに発売され、お客さんの反応はどうだったのかとか、メディアに載っていることと現場のメンバーが実際に体験したこととの違いなど、学べることはたくさんありました。素人だったので、以前はこういったインタビュー記事も話していることがそのまま全部載っていると思っていたんですよ。でも実際には校正やチェックが入っていて、ときには発言が丸ごとカットになっていたりして(笑)。話を聞くなかで、コンクリート業界で起きていることはゲーム業界でも起きていて、応用が利く部分もあるなと思いましたね。



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ゲーム会社を立ち上げた時代がかなり恵まれていた頃だったのがわかりましたね。

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